日本画を鑑賞していて、本当に微細なところまで描かれている絵に驚いた。こんな細い線どうやって書くのだろう。ボールペンや万年筆など筆記具というものは文房具屋さんに行くと色々とあるが、こんなに細い線を描けるものは分からなかった。
仕事柄ルーペを持ち歩いているので、確認したが数倍程度のルーペでは未知の世界に入っていけない。本当に筆跡まで見るには、顕微鏡でも欲しいぐらいの微細の世界である。
何しろ、その作品の前で立ち止まってしまった。油絵などにもない、版画にもない、微細の世界である。
すると、横から人の気配を感じ、私はハッとした。ひとつの作品の前で立ち止まってしまって、他の人の鑑賞に邪魔をしてしまったのか、という解釈で離れようとした。すると、「この作品にご興味がありますか。」と声を掛けられた。私は、「あまりにも微細、繊細な線で描かれていると感心し、表現の限界というか、他の絵画では見たことのない、未知の世界に引き込まれ、筆跡を顕微鏡で見てみたいというような、通常の絵画鑑賞ではあってはならないような、興味を惹かれてしまいました。」と申し上げると、その方が解説して下さった。そう、その方は作者だった。
「実は、その細い線を描くのに、以前はネズミの毛を3本束ねて作られた特殊な筆があったのだが、最近そのネズミが捕れなくなったそうで、ネズミの毛からネコの毛に変わったのだが、どうも筆の腰が違うというか、ネズミの毛3本の頃は本当に良かった。」とおっしゃるのである。
興味があって、「どんなネズミですか。」とお尋ねした、種類でも分かれば、捕獲した際に献上して差し上げたいぐらいの気持ちになったが、その日本画家は、ネズミの専門家ではなく、詳しく分からない、筆屋さんに聞かないとね、とおっしゃるだけだったが、「何でも普通のネズミではなく日本古来の小さいネズミだとのことで生息している地域もかぎられるらしい。」とのことだった。機会があったら、筆の専門家を訪ねてみたいと思ったし、日本の文化を継承するのに障害になってはならないと申し訳ない気持ちになった。
「あっそうですか。」と言っただけで、私はねずみ駆除業者です。とは言えず、申し訳ないような気持ちになって、会場から逃げ出すように出て行った。
それにしても、日本人の気質なのかも知れないが、日本画の表現力の背景に、墨を作る方、筆を作る方、紙を作る方など、職人という多くのプロ集団があって成り立っているということを改めて知らされた。世界に類を見ない、日本人の精密さ、繊細さ、失いたくないものがあると感じた。