価格と比較について

先般、栃木県宇都宮市に現地調査の仕事があって行った際に、開店の花輪に飾られたお店で、豚丼とつけ麺が看板に出ている、『わァ豚』というお店に入ってみた。
てんこ盛りの豚肉が美味しくて、豚丼の中盛で680円だった。スタッフ一同大喜びで美味しいと言う。
豚丼
それで680円が安いというのである。豚丼と言えば、大手チェーン店の紙のように薄い肉を使用していて380円程度であったと記憶している。
2倍弱の価格を安いというのである。スタッフ曰く、「だって、ラーメンの価格でチャーシュー麺の3倍ぐらいの肉が入っているわけだから安いと思いますよ。」

私もこの見解には異議なしである。
要するに、680円でも大満足だったわけであり、誰も高いとは言わない。豚丼という料理の他社の品質や価格を知っている人は判断が付く。

その点、この栃木県宇都宮市の現地調査の仕事は、お見積書を提出したところ、2万円程他の会社と比較すると高かったから、と言ってお断りされた。
このお客様は、これまでに経験された事例がなく、どんな作業の内容かも理解できず、単に価格で比較されてしまうのが、この業務の厳しいところだ。

他社で駆除しても止まらない。減らないどころか増加してしまったということから、頂戴するお仕事は実に多い。そして、お客様から頼む前は高いと思ったけど、結果的に高くないし止まったんだから、最初からねずみ家グループさんに頼めば良かったね。と言って下さるお客様がいらっしゃることを幸いに感じて、少しでも安く満足して頂ける内容を届けたいものだ。

価格と妥当性について

最近、何でも <インターネットで探す> というところから消費行動が始まっている自分に気が付いた。
先日も会社の業務車両として、軽自動車を購入したが、最初からインターネットで調べ、ほとんど走行していない新古車というレベルの車両を85万円で購入した。
今までは、バイパス沿いの中古車屋さんを2軒~3軒走り回って決めていた。または、ディーラーに行って購入していた。
しかし、現在はインターネットだから、関東一円の中古車屋さんがライバル店になる。価格が低価格化しつつ、同一サービス化しそうな気がする。そうでないと、生き残れないのではなかろうか。

また、本日はスタッドレスタイヤから、ノーマルタイヤに履き替える時期が近付いたものの、ノーマルタイヤがすり減っていて昨年末に処分しているので、購入を検討してみた。
今までは、近くのカーショップ、または、ガソリンスタンドで購入および交換をしてもらってきた。
これについても、<インターネットで探す> をやってみた。購入希望のタイヤサイズは、245R40 18というものである。
さすがにインターネットだから、価格競争をのっけからぶつけてきたような印象。これまでの国産メーカーの価格と比較すると、3分の1程度しかしない。高速の世界で、大事な命を乗せているものだから、・・などと考えると、国産信仰が安全神話と直結して、国産一流メーカーと思い込んでいた。
しかし、激安店のタイヤは輸入品が多く、中には欧州車のベンツやフォルクスワーゲンの純正タイヤとして使用されています。などと謳われている。そのような有名自動車メーカーが選定している、しかもレースで勝っている。などと宣伝文句を読んでしまうと、国産品の愛用者である小生も、浮気してみようかという気になってくる。

ガソリンスタンドも、ハイブリット車の出現で客単価が30%前後落ちているものの、競合店が廃業して、売上高は伸びている店舗も少なくないと聞くが、いつまでも国産メーカーの取扱いだけをしていると、<インターネット経由の海外メーカー>にスキを与えることになるのではなかろうか。

しかし、タイヤの専門家に聞いてみたら、東南アジア各国のタイヤに人々が飛び付いたのは、数年前のことだそうだ。最近では、インターネットで価格差に驚いているのは、小生ぐらいのものであり、一般の方々は先刻承知とのことのようだ。
確かに安い、韓国製なども昔に比べれば、随分良くなっているものの耐久性などは、国産一流メーカーと比較すれば、半分程度であり、価格相応との見解を聞いた。
ただ、一昔前は日本の製品も欧米では、一段低く見られていたが、こんにちでは反対の立場になったから、東南アジア各国の製品も2~3年後には、追い付いて追い越しているかも知れないとのことだった。

他方、本日のインターネットのニュース欄には、「中国吉林米」が激安にてスーパーで販売開始するという、価格と品質は永遠の課題かも知れないが、急速な高齢化、年金暮らしの人々など、一気に増加してくると、どのように社会が変化するのか。
東南アジアの製品も改善され、レベルアップして来ることは間近いがないこと。そうすれば、どこかの国で製造した製品を世界中の人々が購入し、使用するようなことになりそうだ。

情報は早い。安い物には敏感な人々。インターネットが本当に充実することで、地球は間違いなく小さくなっている。

死骸臭が酷いので大至急回収せよ

お客様の建物に殺鼠剤を仕掛けておくと、ごく稀ではあるが、ネズミが建物内部で死んでしまい、死骸臭という悪臭が立ち込めることがある。

今晩は、工場の一角にある厨房で、従業員の昼食などを提供している場所からの依頼だった。22時を過ぎた頃の電話連絡だった。
自宅にいたA君、居酒屋にいたB君など、緊急招集して2時間を要する現場に向かわせた。そして、24時過ぎ頃に、リーダーのA君から、電話連絡があり、「どこも臭いません。」とのことで、死骸臭がないというのである。

その工場の当直で立ち会われた人々も、弊社のスタッフ同様に、何も臭わないというのである。

答えは、花粉症だった。行かせるべきではなかった。去年も同じミスをしていたことを思い出した。この場をお借りして、お詫び申し上げます。

東京・築地の多国籍軍

早朝の築地に行ってきた。築地市場の外側にあることから、場外市場などと言われるエリアである。そのうちのある会社からネズミ駆除の依頼を受けた。

早朝の4時30分から忙しくなるから、その前に来てほしい、というので3時30分にお伺いしたら、誰も来ていない。
結局、会社の人が来たのは、4時20分。建物内に入ってみると、商品だらけで奥に進むこともできない。結局、4時30分になって、会社の従業員の数も急速に増えて、全員で商品の蔵出しが始まった。手際が良いというのは、このようなことで、毎日の訓練の賜物である。
そして、店頭に商品が並び、どうぞ調査して下さい。と言われたのが、4時45分なのである。結果的にその前に来ても何もできない。着手するとしたら、5時からでもOKだったという感じである。

ところで、この会社の隣に食品問屋があって、頻繁に近隣に止めているお客様の車に荷物を届けている。その運搬業務をこなしているのが、多国籍軍なのである。
オーナー社長だけが日本人であるが、その他が違う。バングラディッシュ人、中国人、インドネシア人、シンガポール人、イラン人というように、全部がアジアの各地から来ている人々である。

聞いてみると、募集広告をどんなに実施しても、日本人の応募はないそうだ。時給が安いのかと思いながら聞いていると、「自給1050円も提示しているのに、来ないんだよね。」とオーナー社長氏の弁。社長氏曰く、「日本人は早起きがカッタルイ。」「重い荷物を運ぶのがウザイ。」と言って来ないそうだ。日本人が、怠慢になっている分野を多国籍軍が攻め入っているのである。社長氏の弁が続く。「まいっちゃうよなァ。まさか自分が英語で仕事するなんて、考えてもいなかったよォ。」とのこと。
日本人の青年達は、上司に何かを言われても、目を見ることなく、横を向いたまま頷いたりすることがあるが、早朝の多国籍軍は違う。社長氏が何かを言う前に、「えェーっと」というのが付いてから、英語が続く、この「えェーっと」と言っただけで、多国籍軍の全員が眼光鋭く一斉に社長を見る。目線を合わせるためではなかった。社長のジェスチャーを見ていないと、英語だけ聞いていたのでは通じないのである。
「あっちの荷物をあそこへ持ってってくれ。」「That 荷物をあそこへ」良く聞くと、英語は一部であるうえに、動詞などは省略されている。社長氏の腕と指差す方向が重要とのこと。きびきび動き回る多国籍軍は、みんな真面目だそうだ。
「時間にルーズですか。」と聞くと、「トンデモナイ、遅刻なんかゼロだよ。」勤務態度もとても優良だそうだ。何でも、母国でもらえる給料と比較すると、30倍という人もいた。
弊社の従業員も、30倍払ってみたら、どんなに変わるだろうか。多国籍軍に勝てる勤勉さ、真面目さは、期待できない。

業務日誌ではなくなってしまい・反省

このブログ、書き始めたら、すぐに仕事の内容は書けないことに気が付いた。なぜなら、ほとんどが弊社の場合、ノウハウと関連してしまい、開示できない。社内のノウハウを簡単に披露するわけにはいかない。

そのうえ、社外のこととなると、大半がお客様のことであり、これも明らかにできない。社会的権威だったり、有名人だったり、時には会社の運命さえ左右してしまうようなこと、すなわち、弊社のブログに社名や店名が出ただけでも、倒産しかねない業種も少なくないのです。
ですから、仕事に関連することが書けなくて、先般の「歯磨き、そして、うがい」などは歯磨きのコップに関する内容だったことなど、正直なところ反省するべきかと考えたけれど、ネタ切れという事態は避けたいし、男が始めた以上は簡単にはやめられい、などと偉そうなことを言うつもりもないけれど、世の中難しいもんだ。

ところで、本日は久し振りの結構な量の雨が前夜から降り続けている。外気温も暖かくない。例年より寒いとのこと。
そんな状況なのに、水道メーターの検針員の方は、雨合羽を着て全身をカバーし、隣から隣へとメーターを確認して歩いておられる。今日は初めから、ずぶ濡れを覚悟されてのことだと思うけれど、立派なものだ。外見上、女性のようだが寒い中でも、黙々と頑張っている。

その点、「雨だから外周部の閉鎖はできませんでした。」などと雨の日は外部の仕事をしないと平然と言ってのける傾向が今の若い青年に多い。
屋根の上とか、危険なところは兎も角として、外壁沿いに見て歩き、穴を閉鎖するぐらいなら、誰でもできそうだが、心ある者でなければ、そう簡単にはできない。

雨の日に見る職業意識に、落胆することもあり、一方では従業員のやる気など勤務評定には便利なこともある。

歯磨き、そして、うがい

歯磨きをすれば、嗽(うがい)をする。歯磨きは、歯周病・歯槽膿漏・虫歯などの予防にもなり、いずれも口の中を綺麗にすることで、さっぱりもするし、お休み前の儀式となっている。

私なんぞは、金持ちではないが、歯磨き粉持ちなのである。ライオンのキシリデント、デンターシステマEX、サンスターのGUM、ライオンのデントヘルス、同じくライオンのブリリアントモアなど、日替わりメニューのように、またはコンディションによって、使い分けたり、最近ではブレンドなどという良いのか、悪いのか知らないが勝手な使用方法も編み出している。
ダブル殺菌とか、浸透殺菌とか、歯周病対策とか、いずれも綺麗に殺菌すること等の効能を謳っている。

ところで、このような数々の歯磨き粉を使用し、そのうえ4本の歯ブラシを使い分け、30秒ずつで分けながら、全体の≪歯≫を4分間という時間で丁寧に磨いている。

その綺麗に磨き終わった口の中、殺菌が終わった口の中、そこに,ばい菌を丁寧に塗り広げていた。もう一度、申し上げます。間違いではないのです。殺菌して綺麗にした後、ばい菌を全体的に行き渡らせていたのです。

答えは、うがいのコップだった。知覚過敏になる日もあって、時々滲みたりすることから、給湯を経た、コップ1杯の温かいお湯でウガイして、サッパリと洗い流していた、と思い込んでいたが、最終回答は、ばい菌なのである。

コップの底など、手で洗うと、ヌルッという感覚がある。専門家に聞いたら、そんなに悪さはしないけど、それらは細菌が繁殖していると考えられる、というのである。

ウガイして、残ったお湯は45度ぐらいあり、その後にコップの底に残ったお湯は、徐々に冷えながら、危険な温度帯をゆっくり下降するため、雑菌が繁殖しやすいとのこと。

コップは、置く前に蛇口のお湯を水に戻し、コップをすすいでから、中に水をいま一度切って、水分を残さず置くことが大切だそうです。

≪歯≫と歯ぐきの隙間や歯周ポケットなど、綺麗に歯みがきして殺菌できたとしても、ばい菌だらけのコップでは意味がないとのことだった。今度、お小遣いが貯まったら、歯ブラシを殺菌しておく収納ケースでも買おうかな、気にし始めたらキリがないような、そんな思いで頭の中では、どうしたら良いのか、迷うばかりであり、口の中のようには、すっきりしない。

本音と友好関係

報道によると、名古屋市の河村市長が中国・南京から来られたお客様に対して、南京大虐殺はなかったと思う、という趣旨の発言をされたそうだ。

このねずみ家チュウ太郎の業務日誌では、政治と宗教の問題は、触れないという基準を自ら持ってきていた。その意味では、その基準に抵触してしまうかも知れないが、前後をお読み頂き、政治の話ではないことをご理解願いたい。

南京大虐殺に関しては、当時の南京市の戸籍、いわゆる人口が30万人も居なかったという説など、否定的な見解を示されている方々は、少なくないと聞いている。(あったとする人々の方が多いと思いますが)
実際は、昔のことで私は知らないし不勉強であり、取り上げて活字にすること自体が不謹慎かもしれない。しかし、私は河村市長の姿勢について、ある一定の評価をしている。
真偽を問い掛け、兼ねてから考えていることを発言することは、言論の自由であり、中国と本当の友好関係を築こうとしたら、双方とも言いたいことを言って、歴史的な検証をすることは間違っていない。
ビジネスの世界でも、同様のことを感じることがある。日本の奥ゆかしさかも知れないが、「前向きに善処したい」と言う表現は、まったくその気がない場合の意思表示、と欧米系のビジネス書には書かれている。翻訳しないと通じない、そんなビジネス会話は、グローバル化にそぐわないと考える。
本音を探ったり、確認したりするような交渉過程は、周到な根回しが伴っていれば、大変結構な方法論として評価するが、昨今のスピード化した時代であり、交渉に要するコストさえも削減されたり、根回しが存在しなくなっているのは、料亭の衰退ぶりを見れば、明らかではなかろうか。
餃子事件の時も、中国は猛反発した。日本国内の犯罪と決め付けた。外交とはそういうものだ、と知ったかぶりするバカもいるが、結果的にはホトボリが冷めてから逮捕者を出して終わる。日本のマスコミもここから本気で大々的に取り上げるなら、国益にも合致するが、中国の代弁だけして終わってしまう、だからすでに冷めていて取り上げないぐらいの時期になって、事実関係だけを小さい記事で報じる。
列車の脱線事故が発生したら、列車を土の中に埋めてしまう、日本では出て来ない発想である。中国の鉄道の幹部は実に優秀な人々によって運営されていると思うが、正しいとか間違っているとか、というレベルではなく、そのぐらい違う人々と付き合い、話し合い、友好関係を持とうというのだから、そういう国と付き合う以上、心して付き合うこと、言うべきことを言うことは、必要なように思われる。
我々のビジネスの世界も、どうでも良い相手なら、濁しても良いが、真面目に付き合おうと考える相手なら、本音をぶつけることも失礼ではないと考える。むしろ、オブラートに包み過ぎて、翻訳を要するレベルでは、時代のスピード感について来れないと思う。

大阪のタクシーで感じたこと

大阪シリーズの最終回。来阪すると、決まってタクシーを多用する。およその方角は理解しているが、一方通行の規制など知らないし、環状線もどこで降りて良いのか、迷っているうちに、すぐ一周してしまうし、大阪のドライバーの反射神経にはついていけないので、結果はタクシーを多用する。真夏のエアコンは有り難いし、何しろ5,000円以上は半額がうれしい。
「最近の景気はどうですか。」と必ず聞くことにしている。なぜなら、経済学部出身の私は大学の卒業間際の時に、教授から言われた一言を忘れていない。景気動向は学者より、もっと正確に当てる人々がいる、というのである。人の動きはタクシードライバーに、モノの動きはトラックドライバーか渋滞情報に、それぞれ確認すれば景気動向は正確に把握できる、というのである。だから、タクシーに乗れば必ず聞くことにしている。
「年末年始は結構仕事させてもらいましたよ。」という肯定的な人から、「何が景気浮揚だ。消費税なんかトンデモナイ。」と共産党のパンフレットのような人もいる。だけど、共通しているのは、250キロ規制のこと。これに対する不満は相当なものだ。

従前から、5,000円超えると半額などという、全国的に見ても過激な価格競争の煽りで、事故率が高かったそうだ。〔本当かどうか正確なデータを見たことはないが〕
そこで、お上から規制が掛かった。営業所を出庫する時から、戻ってきた時までを250キロ以内にしなければならない。という規制が強化され、違反すると始末書であり、重なると営業所の他の車にも迷惑を掛け連帯責任を問われるというのである。

だから、運転者さんは、深夜の長距離のお客様を喜べない場合が増えたそうな。「天理行ってや。」「あきまへんな。距離が走れませんねん。」と乗車拒否するそうだ。規制緩和の時代に規制し、してはならない乗車拒否を発生させ、それでも安全を最優先させる。という大義名分は理解できなくもないが、規制緩和のやり過ぎで、一気に車両を増やしたために、1日当り3万円の売り上げがやっとになり、生活が厳しくなったそうだ。

タクシー運転手さんだけの話を代弁する気もない。過激な価格競争は、大阪固有のエネルギーかも知れないが、それにしても、規制やルールの変更がどこまで影響するのか、机の上だけでは理解できていないのではないかという、利用者の実感もあるように思われる。増車し、減車し,距離数規制し、演繹法だけでは片手落ちであり、細かい事象から帰納的に考察する必要性を痛感し、大阪を後にした。

神社にみる合理性

所用で出かけた場所のそばに、網敷天神社という神社があった。境内に入って左側で手を清めてから本殿へ、お賽銭を投げ入れようとしたら、閉まっている。
と思いきや、お賽銭を投げ入れるための箇所だけ、小窓になっていて開いている。よく考えたものだ。大阪の独創性や柔軟性を感じた。

東京と言うか、関東と言うか、ほとんどの神社は、入り口部分が大きく開いている。弊社では、頂戴するネズミの命にも、魂があると考えて、神社にて供養し、お祓いを受けているが、その神社も入口部分は大きく開いている。

入れば良いのは、お賽銭だけ。ホコリも不必要なら、泥棒も入らないでほしい。そうすれば、お賽銭だけ入る、小窓を用意すれば良い。障子のような引戸の一部を、開口部とし縦方向に、数センチのがっしりとした(防犯を感じる)縦方向の格子が入っていて、投げ入れる開口は、数センチ開いている。

これは、実に合理的だと感心した。ちゃんと不合理もわきまえている。ろうそくに代えてろうそく型の灯が、左右対称に点灯している。つきっぱなし。電気代が不合理のようだが、お賽銭を投げ入れた瞬間にセンサーが感知して、灯が点灯するような合理性は、宗教の世界には似合わない。

そう言えば、先ほどのお賽銭を投げ入れる部分の異なるデザインをイメージしてみたが、自動販売機のコイン投入口のように、縦長の幅2ミリ程度の投入口では、神様のところに届きそうもない。差し入れるのではなく、投げ入れるという習慣が定着している。

格子も木製だから良い。アルミ製では動物園のオリのようだ。イメージとデザインと合理性と不合理、大阪人は分かっている。改めて確認するあたり、分かっていないのは私だけかも知れない。

大阪の商人根性をみた。

前回のブログでもご案内のように、久し振りに大阪の出張となった。弊社のクライアントのファースト・フード・チェーン店で、関西地域でどうにもネズミが止まらないという店舗があり、関東の一都六県がベースであるが、大切なお客様で無視できない。4店舗まとめるから施工に来るように、とのご用命を賜り、大阪入りとなった。

施工の先発隊と大阪にて合流するため、新幹線で大阪駅に到着し歩き回り始めた。まず、最初に目に飛び込んできたのが、理容室=床屋さんなのである。<床屋さん、オレ千円で犬一万>というサラリーマン川柳にもあるように、1,000円の床屋さんは関東でも多く見かける。私も利用するが、予てより、なんでシャンプーがないのか、掃除機でゴミ掃除のように吸い取られるのか、抵抗感があって何とかならないものか、と思い続けていた。

ところがあった、あった。大阪にはあった。
高級ヘアーサロンのような(行ったことないので推測で)物凄く豪華な牛皮貼りのような(入っていないので正確には分からないがそう見える。)椅子で、カットとチャンプーの両方を実施して、1,000円なのである。シャンプーがある掃除機ではない。

東京で見掛けるQBハウスという店舗は、寿司業界で初めて回転寿司を始めたぐらい画期的で、独創的な事業形態だと最初は驚いた。何しろ、3,600円前後の整髪を、1,000円という価格設定にして、スピーディーにしてくれたのは、物凄い進化だと受け止めた。その後にモノマネが多数出て来ていることからも、本物だと実感する。

しかし、大阪人は違いまんねん。ホンマにお客ハンのこと、考えてハリマス。従来通りまたは、従来以上の内装で、ゆったり感、安らぎ感などありそうな内装にして、シャンプーまで付けて、1,000円〔期間セールで1,500円にバツ印がついて値下げ〕となっている。

大阪に来ると、感心するのが、タクシーの価格制度。5,000円を超えたら、半額なのである。東京には、このような価格設定はない。だから、天理あたりに住んでいるサラリーマンは、複数であれば、タクシーで帰ってもビジネスホテルより安い。

床屋さんにしても、タクシーにしても、お客様のニーズというか、心理にまで喰い込んで、がっちりハートを捕まえるあたりが、大阪の商人根性を見る思いである。ネズミだけを捕まえている時代ではなさそうだ。